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名古屋地方裁判所 平成3年(ワ)380号 判決

原告

愛知県信用保証協会

右代表者理事

新美富太郎

右訴訟代理人弁護士

酒井廣幸

被告

杉村幸雄

右訴訟代理人弁護士

甲村和博

右訴訟復代理人弁護士

長屋容子

主文

一  被告は原告に対し、五五七万四三五〇円を支払え。

二  訴訟費用は、被告の負担とする。

三  この判決は、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求の趣旨

主文同旨

第二事案の概要

一本件は、原告が被告に対し、代位弁済金に対する遅延損害金残金五五七万四三五〇円の支払を求めた事案である。

二争いのない事実等

1  別紙請求の原因記載の事実(ただし、同5ないし7記載の事実は〈書証番号略〉、証人山内によって認める。)

2(一)  被告は、電気工事業を営み、その運転・設備資金として本件原債権を借り入れ、原告にその保証を委託した。

(二)  被告は、昭和五四年五月一二日、名古屋地方裁判所に自己破産の申立てをし、同月二四日午前一〇時破産宣告を受けた(本件破産事件)。

(三)  名古屋銀行は、本件原債権の元金三七五万円、利息二万三〇一三円の合計三七七万三〇一三円を破産債権として破産裁判所へ届け出た。

本件原債権は、右破産事件の債権調査期日(昭和五四年一〇月二五日)において、破産管財人、破産債権者から異議が述べられなかったので確定し、また、破産者からの異議もなかった。

(四)  原告は、昭和五四年一一月五日、名古屋銀行への代位弁済を理由として、債権届けの名義人変更申立てをし、原告が本件原債権を承継した。

(五)  右破産事件は、昭和五六年一〇月二九日終結決定が出され、右決定の主文及び理由の要領は昭和五六年一一月七日官報に公告された。

3  原告は、平成三年二月一八日、本件訴えを提起した。

三  争点

1  本件求償権は、本件破産事件の終結決定が公告されてから五年を経過したことで、時効消滅した(被告)。

2  本件原債権が、本件破産事件の債権調査期日において異議なく確定したことにより、本件求償権も時効期間が一〇年に延長され、本件訴えの提起によって時効は中断した(原告)。

3  本件請求は、権利濫用である(被告)。

第三争点に対する判断

一争点1について

本件求償権は、被告が商人であるから商事債権であり、本件求償権の行使が可能となった本件破産事件の終結決定が公告されたときから五年を経過したことは明らかである。

二争点2について

そこで、本件求償権の時効期間が、一〇年に延長されたとの原告の主張について検討するに、前記のとおり本件原債権が破産管財人、破産債権者から異議が述べられず、民法一七四条の二によって、その時効期間が一〇年に延長されたことが認められる(なお、時効期間の延長を破産法二四二条の効果と解するべきか、同法二八七条一項の効果と解するべきかについては問題ではあるが、民法一七四条の二の趣旨―後記二2―、破産者の異議の効果―後記三2―からすると同法二四二条の効果と解するのが妥当である。)。

たしかに、原債権と求償権とは元本額、弁済期、利息・遅延損害金の有無・割合を異別にし、総債権額がそれぞれに変動すること、債権としての性質に差違があるために別個に消滅時効にかかるなど、別異の債権であることは明らかである。

しかし、次の諸点を勘案すると、本件求償権も、本件原債権の時効期間延長に伴い、時効期間が一〇年に延長されたものと認めるのが相当である。

1 民法五〇〇条の弁済による法定代位の制度は、代位弁済者の債務者に対する求償権を確保することを目的として、弁済によって消滅することになる債権者の債務者に対する債権(原債権)及びその担保権が当然に代位弁済者に移転され、代位弁済者がその求償権を有する限度で右原債権及び担保権を行使することを認めるものである。代位弁済者に移転した右原債権及び担保権は、求償権を確保することを目的として存在する附従的な性質を有し、求償権が消滅したときはこれによって消滅し(債権が満足を得られない時効消滅の場合もこれを肯定する。)、その行使は求償権存在の限度によって制約されるなど、求償権の存在、その債権額と離れ、これと独立してその行使が認められるものではない。

したがって、代位弁済者に原債権が移転したときは、原債権は求償権の従たる存在として、求償権の満足のための手段的な地位にあるのに、仮に求償権が短期に時効消滅するならば、原債権による執行が不能となる結果を債権者に甘受させることになって、結果として不当である。

2 民法一七四条の二の立法趣旨は、商事債権の短期消滅時効(商法五二二条)が、迅速結了を尊重する商取引の要請によって設けられたとされるように、短期消滅時効制度の存在理由の一つが短期間に決済されるのを常態とするような債権債務について、その弁済の証拠の不明確さを防止することにあるから、確定判決又はこれと同じ効力をもつものによって、債権の存在が公に確定した場合には、そこに発生した強い証拠力からいって、その後になお従前どおり短期時効期間を適用することが不合理だとするところにあるとされている。

そうすると、原債権の時効期間が民法一七四条の二によって延長された場合に、求償権発生の要件の重要な部分である原債権の存在については強い証拠力が付与されたと見なされる結果、求償権についても証拠力が強化されたと見られ、短期の時効期間を適用することは不合理である。

3 保証人の求償権は、主債務者の委託を受けた保証の場合は、委任事務処理費用の償還請求であり、その委託を受けない保証の場合は、事務管理費用の償還請求と解されるが、その性格はともかく、委託の有無を問わず求償権が発生するのであるから、求償権発生の基礎は、主債務者の保証人に対する委託の有無に求めるよりは、債権者との保証契約の存在及びその履行に求めるべきものと考えられる。

そうすると、本件のように原債権(主債務)の時効期間が民法一七四条の二によって延長された場合、保証債務の時効期間も一〇年に延長されると解されるところ、求償権発生の基礎たる関係の時効期間が、保証人の関与なく延長されるのに、保証人の主債務者に対する求償権のみ短期の時効期間が維持されるとするのはバランスを欠く結果となる。

三なお、被告は破産者が異議を述べる機会が与えられないのに、右のように解することは不当であると主張するのでこの点について検討する。

1  破産の実務としては、求償権の届出については次のとおりの扱いとなることは、顕著な事実である。

(一) 破産者の保証人から将来の求償権の届出がされた場合、既に債権者から届出がある場合には、保証人は、破産法二六条一項但書により、権利行使できないから、通常は異議が述べられる。

(二) 保証人が全額弁済した場合は、債権者の届出を取り下げ、保証人が求償権の届出をするか(この場合、債権調査の一般期日後は、特別期日を開くことになる。)、又は新旧両債権者の届出を前提に名義変更手続(承継手続)をすることになる。

2  そして、本件のように、右(二)の後者のような扱いがされた場合(実務的にはこの扱いが多いものと予想される。)、手続的に破産者が異議を述べる機会を保証されている訳ではない。

しかし、その場合は、その旨を債権表に記載して、債権表謄本を管財人に交付する(破産法二二九条二項)から、管財人としては、破産者等から事情聴取して承継を争う機会があり、破産者も承継の事実を知りうること、また、届出債権が、債権調査期日において破産管財人、破産債権者に異議のないときは、確定債権となり(同法二四〇条一項)、その債権表の記載は破産債権者全員に対し確定判決と同一の効力を有し(同法二四二条)、更に右確定債権について破産者が異議を述べないときは、破産者に対しても確定判決と同一の効力を有し(同法二八七条一項)、債権者は破産終結後、債権表の記載によって強制執行をすることができる(同条二項)のであって、破産者の届出債権に対する異議の効果は、破産終結後の債権表の執行力を阻止するものではあっても、そのことから直ちに先に述べた求償権の証拠力を減殺する効果があるとはいえないこと、本件は時効期間の延長の問題であって、求償権の存否については破産者において争う余地がなくなるわけではないことを勘案すると、手続的に破産者が異議を述べる機会を保証されていないことをもって、本件求償権の時効延長を否定する事情とはならないというべきである。

四争点3について

被告が本件請求が権利濫用であると主張するが、権利濫用となるべき事実は、本件においては窺われない。

五まとめ

以上のとおり、原告の本件求償権は、時効期間が一〇年に延長されたものと認められ、本訴提起がその時効期間経過以前であることは明らかであるから、原告の請求は認容すべきである。

(裁判官竹内純一)

別紙請求の原因

1 被告は、株式会社名古屋銀行(旧株式会社名古屋相互銀行)からの金員借入れに先立ち、昭和五三年五月二三日、原告に対し次の約定で信用保証を委託した。

(一) 被告が借入金債務の全部又は一部の履行をしなかったときは、原告は被告に対して通知、催告なくして、残元本及び利息を弁済できる。

(二) 原告が代位弁済したときは、被告は原告に対し、代位弁済金全額及びこれに対する代位弁済の日の翌日から年14.60パーセントの割合による遅延損害金を支払う。

2 原告は、昭和五三年五月二三日、被告の名古屋銀行に対する借入金債務の保証をした。

3 名古屋銀行は、昭和五三年五月二九日、被告に対し元本四二〇万円を、利息年八パーセントで貸し渡した(本件原債権)。

4 被告は元本債務三七一万八二九六円及び利息一一万〇一三六円の合計三八二万八四三二円の支払をしなかった。

5 原告は、昭和五四年九月六日、名古屋銀行に前項の金員を代位弁済した(本件求償権)。

6 原告は、右代位弁済金合計分については、昭和五六年八月七日に被告を破産者とする破産事件(本件破産事件)の配当金として二万七九七二円の支払を受けたほか、平成二年一月一〇日までにその支払を受けた。

7 原告が代位弁済した日の翌日である昭和五四年九月七日から、代位弁済金の弁済を受けた平成二年一月一〇日までの遅延損害金は、別紙損害金計算書のとおり五七四万四三五〇円となり、その後、同計算書のとおり一七万円の弁済を受けたので、その残金は五五七万四三五〇円である。

別紙損害金計算書〈省略〉

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